市松弁当 春華モモ「をかしきことこそめでたけれ」#1

中学校から高校までの六年間は、給食ではなく、お弁当だった。お弁当の日もあれば、食堂を利用することもあった。そのうち、高校三年生の一年間は大学が決まるまで、母が毎日、お弁当を作ってくれた。
当時使っていた弁当箱のサイズは、縦が八センチ、横は十二センチ、そして高さが五センチくらいだったと記憶している。ご飯とおかずの比率は、その日の塩梅で決められているようだった。
お弁当の時間になると、クラスの皆で机を動かして、それぞれが決めた場所にグループを作る。自分の席がその場所から遠く離れている場合は、その近くの机と椅子を借りる。それぞれの島ができあがると、ワイワイとお弁当を食べ始める。
お弁当の時間は、とても楽しい。お腹が空いているから、というのもあるけれど、友達の今日のお弁当はどんなおかずが入っているのか、見せ合うのも楽しかった。
私の高校三年生時代は、大学への受験勉強一色だった。通っていた学校は、中学・高校の六年間に加え、二年間の短期大学が併設されていたが、私は四年制大学へ進学したかったので、外部受験をしなくてはいけなかった。
中学に入学してから高校二年まで、ぼんやりと過ごしていた私は、志望大学に合格するには偏差値がたりていなかった。それでも、その大学にゆきたいのだから、とにかく勉強するしかない。受験科目は、国語と英語。国語だけは成績がとんでもなく良かったが、英語が足を引っ張る。友達も皆ほんわりとしている中での、受験勉強はかなり大変だった。
朝、登校して授業が終わればすぐに(掃除当番の時は掃除をして)下校。弁当箱を洗って、受験勉強開始、国語を三時間ほど。晩ごはんを食べて、食器を洗い、英語の勉強。風呂では、透明ビニール袋に入れた英単語一覧を持ち込んだ。時間的に入浴は私が最後になるので、風呂掃除をして出る。今、振り返ると深夜に入る風呂はマンション階下の人に迷惑だったなあ、と思う。申し訳ない。風呂からあがり、就寝。二時間後に起きて、身支度を整えて、朝ごはん。そして、トイレ掃除をして、作ってもらった弁当を持ち、学校へゆく。毎日毎日、このような時間通りの生活を送っていた。
考えることは、試験に合格するためには、どうしたらいいか、これだけだった。だから、母が毎日、お弁当を持たせてくれたことは本当にありがたかった。食堂で何を食べようか、と考えることも面倒だし、そんな時間は省きたかった。アップル社創業の故スティーブ・ジョブズ氏が服の色は黒と決めていて、同じものを何枚も持ち揃えている理由の「服を選ぶための時間を仕事に使いたい」と似ているかもしれない。
その日もお弁当の時間がやってきた。いつものように、友達同士の島を作り、弁当箱の蓋を開けた。びっくりした。目を疑った。驚いた。ご飯の隣のおかずは、蒲鉾だらけ。それしか入っていなかった。
「買い物に行く時間がなかったんちゃう?」
「冷蔵庫に何にもなかったんやって!」
わらわらと集まってきた友達は口々に言う。よくよく蒲鉾の群れを見ると、それらは賽の目切りにされていて、上に茶色く焼き色が付いている部分と、板についていた下の白い部分とがそれぞれ交互にびっしりと並んでいた。それは「市松模様」だった。
それでも、食堂で何を食べようか、と考えるよりはいい。ありがたく完食した。蒲鉾ばかりのおかずを、かなり不思議には思ったが、特に母には何も言わなかった。
当時は大学に合格することしか頭になかったので、面白くも何ともなかったできごとだけれど、今になると静かに笑えてくる。市松蒲鉾。それはまさに、芸術作品だった。
あの蒲鉾だらけの「市松弁当」を、母は今でも覚えているだろうか。覚えていたとして、その理由を尋ねたら、どんな答えが返ってくるだろう。とても長い時間が経ってしまったが、抗議してみようと思う。今さらだけれど。
春華 モモ (はるか もも)
書くひと。京都市中京区・長野県安曇野市との二拠点生活中。大谷女子大学文学部国文学科卒業。卒業論文は「花からみた和歌表現の推移~八代集より~」。在学中にリクルート情報誌などに「小説に書かれた花々」をテーマに、筆名「春華モモ」として連載エッセイを執筆。大学卒業後はフラワーデザイナーの肩書を持ち、スクール運営、ブライダル装飾などを手掛ける。雑誌掲載も多数あり、「憧れのフラワーデザイナー」のひとりに選出される。また、工芸作家としての経験も持ち、コンクール入賞経験も有する。近年では、タッセルデザイナーとして活動し、房飾りのパイオニア的存在。国内での書籍商業出版、海外での翻訳商業出版、テレビ出演などを経て、国内外ブランドのタッセルデザイン考案、製作をも行う経歴を持つ。2022年12月個人出版レーベル「HarukaMOMObooks」をスタート。2023年8月不定期ポップアップ書店「梅の香 桃の実 桜の花」主宰。リトルプレスに散文集『ご機嫌麗しゅう存じます 2022』『ご機嫌麗しゅう存じます 2021』がある。
KANAKOSMITH (カナコ・スミス)
イラストレーター。京都を拠点に絵を描く。春華モモのエッセイ「をかしきことこそめでたけれ」では第一回目より挿絵を担当。
© 2024 春華モモ「をかしきことこそめでたけれ」
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