七転び八起き 春華モモ「をかしきことこそめでたけれ」#23

あけましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今月はエッセイのような、お話のような、創作を書きました。(春華モモ)
春華 モモ 2026.01.19
誰でも

 わたしの新しい年はえべっさんから始まる。毎年、残り福をいただきにお参りして、帰り道で、えびす焼を買う。今年はびっくりするくらいに、ありがたい残り福だった。

 えべっさんは、毎年一月九日から十一日まで行われ、商売繁盛を恵比須さまに祈願する関西を中心とした行事だ。正しくは「十日戎」という。京都に住まい商売をしているわたしは、京都ゑびす神社へお参りにいく。

 お返しするために昨年の福笹を手に持ち、今年も例年通り十一日の朝に家を出る。朝の清々しい空気が好きだ。本戎と呼ばれる十日に、おおかたの人は参拝する。けれど少しだけ人が少なく、のんびりした雰囲気が漂う、残り福といわれている三日目にわたしはお参りをしている。人が多すぎる場所は苦手だ。

 四条烏丸から四条通を東へ歩いていく。鴨川に架かる四条大橋をわたって、南座を右手に一筋目を右に曲がる。この大和大路通が京都ゑびす神社までの参道となる。神社までの道は飲食店が多く、馴染みの店は店舗前に露店を出して食べ物や飲み物を販売している。

「おめでとうございます」

「おはよう」

「今から、お参り?」

「うん、そう」

 店の人に声をかけられたり、かけたりしながら露店が並ぶ参道を進む。露天商たちもべっこう飴や鮎の塩焼きなどを広げている。耳には、たこ焼きどうですかあ、と声が届く。鼻を焼き物のにおいがくすぐり、目には色とりどりの金太郎飴が映る。頬に冷たい風が触れる。手に持つ日に焼けて色が変わった昨年の福笹が風で擦れあい、かさかさと鳴る。厚手のコート、マフラー、手袋に耳当て、と防寒対策は万全なのに加え、歩いてきたことも手伝って風が心地いい。耳も目も鼻も賑わう通りは、ひとりで歩いていても充分に楽しい。

 もうすぐ神社に到着のタイミングで神楽が聞こえてきた。

 ぴぃーぴぃーぴぃー、ぴぃーひゃーゃあぁぴぃー。

 何年もえべっさんにお参りしているけれど、神楽を聞いたことは一度もない、とふと気が付いた。今年は幸先いいな、と思いながら普段にはない、ゑびす神社、と書かれた提灯の掛かった鳥居を一礼してくぐった。

 大阪の今宮戎神社や兵庫の西宮神社に比べて小さな京都ゑびす神社だけれど、境内には参拝したり、おみくじを引いたり、福笹を買い求めたりする人たちの活気であふれていた。

 鳥居の右側に納札所があり、正面にはお参りする本殿、左側では巫女が神楽を奉納していた。まずは右に進んで昨年の笹を、ありがとうございました、と小さく呟いてお返しした。わたしにとっての昨年はどうだっただろう、と頭に浮かんだけれど振り返らないことにした。本殿前の参拝順を待つ列のいちばん後ろに並ぶ。神楽は始まったばかりだったようで、順番を待つ間、じっくりと拝見する。皆、舞う巫女の動画を撮っていた。わたしはというと、初ゑびすで初めての清らかな鈴とうつくしい笛の音、そして優雅な舞に心が高揚していて、鞄からカメラを出すことをすっかり忘れていた。きれいな音楽と舞を見せてもらい、やっぱり今年はいい年になりそうな気がした。

 神楽の熱も冷めないうちに参拝の順番となった。後ろを見ると蛇のように長い列ができていたので、略式でお参りすることにした。お賽銭を賽銭箱に入れ、一礼二拍手、昨年のお礼と今年の誓い(ひとりでも多くの人に喜んでいただける仕事をいたします)を恵比須さまにお伝えして次の人に譲る。

 本殿左の授与所に移り、ご神意をお聞かせください、と心のなかでお願いしておみくじを引いた。金属製のおみくじは手にひんやりと冷たい。一振りするとしゃっと一本がおりてきた。漢数字が彫ってある。この数字を巫女に伝えて、番号のおみくじをいただくのだけれど、何番なのか数字が読み取れない。

「何番なのか分からなくて・・・」

「八です」

 身を乗り出して番号を確認してくれた巫女は、人差し指でしゃっしゃっと漢字の八の字を空に書いてくれた。

「お忙しいのにお手数をおかけして、すみません」

「いいえ、ようお参りくださいました。八番です」

 福々しい笑顔に言葉を添えて、文字が見えないようにふんわりと半分に曲げたおみくじを手渡してくれた。

 おみくじを広げると、大吉の文字が目に飛び込んできた。驚いて、周囲を見回してひとけのない場所にいく。まるで宝くじが当たったかのように挙動不審な自分に笑ってしまった。そして、おみくじのすべての番号が大吉なのでは、と疑い始める。なんと罰当たりなのだろう。この数年、お客様からのクレームがたて続けにあったり、愛犬が亡くなったり、鳩がベランダで卵を産んだり、顎が外れたりするなど、辛いことが多かった。辛いできごとは、人の心を硬くして残念なほうへと導いていく。けれど昨日、知り合いが凶をひいた、とSNSに投稿していたのを思い出し、いやいや大吉ばかりなのではない、と考えを改めた。

 これは福笹をいただいて帰らなくては!

 野菜をはじめ物価が上昇している今年は、福笹とそのお飾りは遠慮しておこうと思っていた。縁起物は大好きだけれど、財布のひもは固く結んでおこうと思っていた。けれど大吉をいただいたお礼の気持ちを込めて、購入することにした。

 福笹は、一本の笹にいわれめでたい縁起物を飾り付けることによって完成する。神社によって違いはあるが、京都ゑびす神社では福笹に小判、銭かます(お金を入れる包み)、お守りの三つがあらかじめ付けられている。そのため、これだけでも問題はないのだけれど一般的にはここに、商売繁盛や金運上昇、招福などのいわれが込められたお飾りを自分で選び、好きな数だけ福娘に飾り付けてもらうことが多い。

 おみくじを財布に入れて、福笹をいただきにいく。そのまま真っすぐ、つつつ、と細い通路の方へと前に進む。通路にはずらりと縁起物が並んでいた。もっと前の空いているところまで進み、福娘に笹を渡す。買うつもりがなかったけれど、こうなってしまったらケチケチしていても仕方がない。どのお飾りにしようか、ぐるぐると考える。

 昨年は六種類を付けたので、今年は七つ。縁起物は見ているだけでも心躍る。このうえ、そのなかから選ぶのだから、縁起物好きの心はさらに踊る。

「笹、残り福に取替えますね」

 頭の上から声がした。どうやら、福娘からわたしに向けてのようだ。こんなことは初めてだった。

「はぁい」

 よく考えず、反射的に返事をしてしまった。緊張しながら待つ。そして、長くて広がりのある立派な笹を授かった。わらしべ長者みたいだ。この立派な福笹に釣り合う縁起物の数はどれくらいなのだろう。少し心が曇ったけれど、見栄をはることなく予定通り七つを飾り付けてもらった。鯛、熊手と箕、鈴、宝船、蔵、千両箱を。「ようお参りくださいました」という福娘の声を聞き、ありがたい気持ちがいっぱいで神社を後にした。

 来た参道を四条通にむかって戻る。通りには、創業から百年ほど経つ京菓子屋があり、店舗前の露店でこの時だけの、えびす焼を販売している。えびす焼とは、餃子の皮よりもひと回り小さいくらいの、薄く伸ばしたカステラ生地に粒あんをのせ、半分ほどの位置で生地を折って、上に被せた方の生地の両端をつまんで福耳を作る。仕上げに恵比須さまのお顔を焼印で押した和菓子だ。五つくらいはぺろりと食べられて、生地と粒あんの塩梅が絶妙で口福を運んでくれる。焼印の目尻がさがった恵比須さまのお顔は、とても可愛らしい。ゆく人ゆく人が可愛い、と声をあげる。

「ならんだはりますか」と列の最後らしきご夫妻に声をかけて、その後ろにつく。えびす焼を焼く甘い香りが辺りに広がっていて、少し冷えた体を包み込む。おみくじで大吉をいただいた今年は、多いめに買って親しい人にお分けしよう。

 待っている間にお金の準備をと、もぞもぞしていると、前に並ぶご夫妻が何やら避けるような動きをしている。不思議に思っていると、また同じ動きをした。私の持つ福笹が、さわさわとお二人の顔に当たっていたのだ。

「すみません。笹の葉、あたってますよね・・・。ごめんなさい」

「いいえ、気にしないでください。お福分けをいただいている気分です」

 始まったばかりの新しい年は、きっといい一年になるに違いない。

 今年もぺろりと五つ食べたえびす焼は、今までのなかでいちばん美味しかった。

●春華 モモ (はるか もも)

文筆家。京都市中京区、長野県安曇野市との二拠点生活。

大谷女子大学文学部国文学科卒業。卒業論文は「花からみた和歌表現の推移~八代集より~」。

在学中にリクルート情報誌などに「小説に書かれた花々」をテーマに、筆名「春華モモ」として連載エッセイを執筆。大学卒業後はフラワーデザイナーの肩書をもち、スクール運営、ブライダル装飾などを手掛ける。雑誌掲載も多数あり「憧れのフラワーデザイナー」のひとりに選出される。

また、工芸作家としての実績ももち、コンクール入賞経験も有する。

近年では、タッセルデザイナーとして活動し、房飾りのパイオニア的存在。国内での書籍商業出版、海外での翻訳商業出版、テレビ出演などを経て、国内外ブランドのタッセルデザイン考案、製作をも行う。

2022年12月、個人出版レーベル「HarukaMOMObooks」をスタート。

不定期ポップアップ書店「梅の香 桃の実 桜の花」主宰。

●KANAKOSMITH (カナコスミス)

イラストレーター。滋賀県在住。京都を拠点に絵を描く。

パッケージイラスト、京色パステルを使ったワークショップ、店舗への壁面イラストなども手掛け、精力的に活動中。

2025年2月、着物リメイクブランド「KIMONO_ODEN」をスタート。カスタムオーダーから完全オーダーメイドメイドまで、お客様に似合う普段着を一緒に考え、提案。

2025年5月、イラストレーター「KANAKOSMITH」・着物リメイクブランド「KIMONO_ODEN」滋賀県で開催の展示会に参加。「KIMONO_ODEN」の展示会参加は初めて。好評を頂戴する。

春華モモのエッセイ「をかしきことこそめでたけれ」では、第一回目より挿絵を担当。

➡「KANAKOSMITH」webページ : kanakosmith

➡「KIMONO_ODEN」webページ : KIMONO ODEN

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